香港人のアイデンティティーとは

香港独立は必要か?
香港人のアイデンティティーとは

ケリー・ラム(林沙文)
Kelly Lam
教師、警察官、商社マン、通訳などを経て、現在は弁護士、リポーター、小説家、俳優と多方面で活躍。上流社交界から裏の世界まで、その人脈は計り知れない。返還前にはフジテレビ系『香港ドラゴンニュース』のレギュラーを務め、著書『香港魂』(扶桑社)はベストセラーになるなど、日本の香港ファンの間でも有名な存在。吉本興業・fandangochina.comの香港代表およびfandangoテレビのキャスターを務めていた


 今、香港で最も注目を集める人物が初めて政治運動に参加したのは、2014年のセントラル占拠行動だそうです。そのころはまだ万人の参加者の中の1人で、誰も彼の名前を聞いたことがありませんでした。今では香港だけじゃなく、国際メディアにも注目される超有名人です。全く無名だった陳浩天(アンディー・チャン)氏の名前が広まったその理由は、彼が皆に注目されるような挑戦的で、刺激的なスローガンを選んだからです。

 それは「香港独立」です! 陳氏は16年3月に「香港民族党(Hong Kong National Party)」を設立し、「香港共和国」の建国や香港基本法を廃止し独自の憲法をつくることを掲げています。その陳氏が8月14日に香港外国記者会(FCC)の昼食会に招かれ講演することになり、波紋を呼びました。講演会が行われることについて林鄭月娥・行政長官は8月5日、「ある機関が『香港独立』をテーマにしたイベントを予定していることは非常に遺憾である」とコメントし、中国外交部駐港特派員公署も講演開催を再検討するようFCCに求めました。

 特区政府保安局はすでに陳氏に香港民族党の名称で活動することを禁じると通達しました。香港の社団条例(団体条例)の下、国家安全保障、公衆安全、治安のために、このような団体を活動禁止にすることができるのです。国家安全保障の意味は法的に言うと、中華人民共和国の独立と領土安全(健全)の保護という意味です。もし本当に社団条例で香港民族党の名前と活動を禁止できるなら、将来この政党の名前を使うことや活動することは当然、刑事犯罪になる可能性があります。

 中央政府も香港特区政府も香港民族党とFCCの協力を非難していますが、陳氏はその警告や非難などを全て無視しています。FCCの副主席、Victor Mallet氏もFCCは言論の自由の拠点であることを強調。FCCは 「イベント開催は組織が講演者の観点に賛同または反対していることを表してはいない」との声明を発表しています。結局、講演会は行われ、中国外交部は当然激怒しました。30名以上の建制派(親政府派)の議員も連名で抗議して、FCCが政府から賃貸している物件を返すべきと文句を言いました。

注目集めたスピーチ

 「香港民族党は存在する必要がある」とスピーチした陳氏は27歳。学校を卒業してから就職したとは全く聞いたことがありません。16年に議員選挙に出ましたが、香港独立を主張し基本法を守らないとの理由で資格を失いました。彼にはどんな実力があって、どんな後ろ盾を持つのかは謎です。彼は、基本法を香港人は認識していないし、変更しても廃止してもいいと大胆な発言もしています。

 スピーチの中で陳氏は、香港人は最終的な権力を持たないから、もし本物の民主を手に入れたいのなら、唯一の方法は香港独立だというようなことを話しました。スピーチのFacebookでの生配信の視聴数は、FCCのこれまでの記録を破って約4万3000に達したそうです。これは今までの記録、前香港総督クリス・パッテン氏の約2500、セントラル占拠行動を扇動した香港大学の戴耀廷・副教授の約2000よりも圧倒的に多く、とても注目されたことが分かります。

 今、香港ではさまざまな立場の人たちがケンカをしています。香港民族党、香港独立を応援する仲間、中国の政治家、香港の議員、学者、メディアなど、お互いに非難、抗議しています。香港で信じられないようなおかしいことが起きているのには、理由があります。それを私ケリー・ラムが解説します。

 まず、30人以上の親政府派議員がFCCのやり方を強烈に非難したけれど、反政府派の議員たちはなぜ言論の自由を理由に陳氏のことを応援しなかったのか? 理由は簡単。以前、セントラル占拠行動参加者が組織する「青年新政」の2人の議員が宣誓式で、「香港は中国じゃない」というひどいスローガンを掲げて、議員になる前に議員の資格を喪失しました。だから反政府派の立法会議員は今までほとんど陳氏の「香港民族党」を応援しませんでした。

 これはある1つのことを証明しています。賞罰がハッキリしていれば抑制力があるということです。香港独立を応援したら自分の議員資格もなくなる可能性があるから、当然反政府派の議員は大馬鹿ではないから、静観する態度をとるのが一番安全です。もし資格喪失事件が発生しなかったら、言うまでもなく反政府派の議員は人権、民主、言論の自由などさまざまな理由で陳氏を支持したでしょう。一番流行している狡猾で曖昧なやり方は、「香港独立」を賛成しないけれど、なぜ弁論や発言をしてはいけないのか? と言うことです。

グレーゾーンは大胆不敵

 16年3月に香港民族党を成立した陳氏は、新聞などのメディアで大胆に香港独立を宣言しても大問題にならないのはなぜか? 彼の言動が違法か合法か、あいまいで、分からないから。そのために人権派弁護士の李柱銘氏も陳氏のやることは別に問題ないと支持しており、もし香港独立という言論が違法なら、それに対して法的措置を取ってもいいとコメントしています。陳氏自身も同じように、もし自分の言動が違法なら自分を逮捕してもいいと、政府に対し挑戦的な態度を貫いています。

 以前、私がこのコラムで書いた通り、以前の香港人なら違法かどうかを気にして、疑問があれば行動に移しません。違法行為をする勇気や肝っ玉もない。でも、現在の香港人は明確に法律違反なら遠慮するけれど、そうじゃなければ(グレーゾーンならば)誰でも大胆に行動します。メディアも言論自由、民主、人権を守るために自分を応援してくれるから。もしかしてその行動のおかげで一夜で世界中に名前がとどろき、超有名なヒーローになるかもしれません。これは、就職経験なし、社会経験なし、あるいは社会経験が足りない青少年にとっては信じられないほどの興奮でしょう!

 だから法律で「香港独立の言論は違法だから逮捕される」と決められていない限り、陳氏と政党の仲間、彼のファンがどんなひどいことをやっても平気なのです。香港特区政府は20年来、基本法23条の立法とは口ばかりで、実際は何も行動しない。だから子供でも存在しない法律なんて怖がりません。

自在に変身する香港人

 香港独立、本土派、民族民主自由のメンバーはいつも「香港人の大半は自分で香港人のアイデンティティーを認めている。そして自分たちは中国人じゃない」と強調します。しかし、そんな香港人が中国人に変身するのはよくあることです。香港人は場合によって、自分の身分を使い分けているのです。海外のパスポートを持つ香港人でも、中国本土に入境するときは便利のために「回郷証」を使います。しかし中国内で問題が発生した時はすぐ外国人の身分だと主張します。

 海外に行ったときトラブルや事故が発生した場合は、反中国派でも海外のパスポートを持っていても、すぐに自分は中国人、中国の一部の香港の人間だと強調します。それはすぐ当地の中国大使館の援助が受けられたり、中国という大国の力で派遣された救援飛行機に乗れるから。海外でもしテロが発生したなら、外国のパスポートを持っていてもすぐ隠すでしょう。頭が良い香港人は、中国は欧米と違ってあまり海外テロの敵にならないから、中国も欧米のテロの標的になりにくいことを知っています。中国は嫌いだけど、有利になるなら中国人に変身するのも平気。これこそ香港人の面白いところです。

 世界中どんな国でも突然、ある地方が独立宣言したら、きっと大問題になります。逮捕や投獄される恐れなども想像できます。その国の政府が何もしないで無視するわけはありません。FCCは中立の立場を繰り返し強調していますが、言論の自由を盾にすれば本当に何の問題もないのでしょうか? 同じ問題が欧米、日本で発生した場合、メディアが独立の弁論を支持しても問題はないのか? 言論自由の保障もここまでできるのでしょうか? これは読者の皆さん自身が答えを考えてください。


ケリーのこれも言いたい

 英国植民地時代は、あいまいでなく何でもハッキリしていた。人権、民主を守る法律もなかったその時代に、陳浩天氏のような発言をすればすぐ逮捕され、裁判になっただろう。今回のFCCのような事件も絶対発生しない。それはやる前に植民地政府の力で中止させるから。その上、その時代は外国人記者も現地記者も必ず政府を支持して独立なんておかしい言論を許すことも賛成することも全くありません。

Share